鎮守様にはコノハナサクヤヒメ


 7月15日は、逆井浅間神社の夏祭りだった。幟(のぼり)が立てられ、道に灯篭が飾られた。「村の鎮守の神様の/今日はめでたい御祭日(おまつりび)」という、その昔の唱歌を口ずさみながら参拝してきたが。

 富士浅間神社というのが正式名。逆井地区の120名が冨士講を作っており、毎年10人が代参に行き、お札を受けてくるという。元禄6年(1693)に創祀されたというから、代参も連綿と続いていたのだろうか。延享2年(1775)に、古浅間から今のところに移したもので、神社は少しでも高いところに、という願いを込めたものだったようである。この鎮座地がそれほど高いとも思われないけれど、水源林だったという、うっそうとした森には神秘感と共に貴重な緑がたっぷり残されている。

 祭神はニニギノミコトの女房で、桜の花のように美しいコノハナサクヤヒメ。

 産土神(うぶすな)は生まれた土地の神であり、氏神は一族の神であり、鎮守様は土地や建物を守る神で、それが混同してしまい、一般的には鎮守様になったようである。そうだとすれば、いくら指呼の間とはいえ、われわれ新開地の住民には、生まれた土地の神でもなく、一族の神でもないのだから、お願い事をするのはムリなような気がする。お寺とは違うのだ。。

 ここには、茨城県稲敷郡の大杉神社も勧請され合祀されている。そのお祭りが同月27日。「村人」の寄り合いの中を、遠慮しいしいお詣りした。

 冨士講からなる浅間神社は、1300社もある。広池学園に隣接して中新宿浅間前という地名があり、そこには立派な浅間神社がある。離れることわずか4キロである。神社は高いところに作りたい、と考えれば、ここは杉木立の中、いくつもの階段を上がる。おそらくコノハナサクヤヒメには逆井まで一望できたに違いない。

 大杉の根を掘ったら金像が出たそうだ。500年前の伝説である。そのあとに池ができ、いまでも水をたたえる風情を見せている。