沼南の百庚申

おおらかに97基

柏駅から沼南の布瀬行きのバスを手賀東小学校前で降りると、この百庚申のお出迎えに逢う。小学校とは反対の、すぐ白井になる田んぼの中に、特別養護老人ホーム「アネシス」があって、素人演劇集団「だいこん座」の慰問公演を手伝いに来たのだが、おおらかな、のんびりした、この百庚申の行列から世間離れした話声が聞こえそうな気がした。

天帝に人の悪行を告げ口する三尸の虫の昇天を防ごう!

増尾にある百庚申は過密な集合だが、小字が庚申塚で、他にも庚申の地名は多いようである。

人間の体の中には三尸(さんし)という虫がいて、60日ごとの庚申の夜に、人が眠っている間に天にのぼり、その悪行を神に報告、寿命をちじめる。このため庚申の日には眠らず、三尸の虫の昇天をふせごう、というのが庚申信仰。庚申塔となり青面金剛(しょうめんこんごう)を祭る。

青面金剛は一面三眼六臀、蛇が巻きつき、見ざる、言わざる、聞かざるの三猿がつく。中国の道教から伝わり、日本の民間信仰の中で、独自の発展したものだという。経典めいたものはない。

信仰は常に娯楽と結びつく。三尸の虫を防ごうと、庚申待ちに集まった村人たちは、飲み食いし、懇親を深め、息抜きの場を作り出してきた。布瀬の百庚申は、文政7年(1824)から明治八年(1875)までのものだが、明治になっても風習は残っていたことになる。

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