角田光代の「ロック母」

 六十歳の母に、「ピアス開けたいんだけどどうすればいいの」と聞かれたそうである。第32回の川端康成文学賞をもらったとき、角田光代がそう書いている。
 群像の12月号を引っ張り出して、受賞作「ロック母」を読む。娘が残していったロックのCDを、すごいボリュームで聞いている母の元へ娘の妊婦が戻ってくる。ピアスもロックも彼女の「実母」なのだろうか。
 同じ群像で、03年の5月号から、04年の4月号まで、角田は「庭の桜、隣の犬」を連載した。この連載で角田光代を通過した気になった。とうに本として出ているだろうが、その中に田舎から出てきた母が、奔放な行動をし、見合いをしたりする。もっともこの母は亭主の母だったか。
 母をめぐる話が面白い。もうお母さんは亡くなったらしい。ピアス発言したような「私の知らない母は、私の知っている母がいなくなってからどんどん存在を大きくする。私は今や、母だった人がだれだったのかわからなくなりかけている」という。
 母と娘、これが角田文学の底流となっている。

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