柏にはない七福神めぐり

松戸・流山・印西にはあって柏にはない。クイズみたいだが、それは七福神である。新世紀のお正月に、と思い立ったら市外に行くよりほかはない。
しかし、七福神に見放されたといって柏市民が残念がることもない。室町時代に七福神信仰はできあがったといわれ、その地区の神社仏閣が相談しあって作ったのが七福神である。柏では、相談がまとまらなかったのか相談しなかったということになる。
浅草の七福神は、大震災後にコースが確定したそうで、話し合いがまとまらなかったのか九福神で、福禄寿と寿老人がだぶる。印西では弁財天が2ヶ所である。神様は多ければ多いほどいいのかも。
松戸では昭和62年から、流山では10年ほど前からで、みんな新しいコース信仰の始まりである。
七福神は、「七難即滅、七福即生」というお経からきていて、日本生まれは恵比寿のみである。
七福神は、各地で単独信仰されていた。柏では、北部地域に大黒天塔が6基残されている。古いものでは、文政4年(1821年)という。五穀豊穣の神として信仰されたもので、道ばたに北向きで建てられている。豊作を願うと共に、村境にあって疫病除け、また道案内の役も果たしたのだろう。 大黒天の代わりに大国主命(おおくにぬしのみこと、大こくとも読める)を祀るところもある。

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