笑いの中の船戸おびしゃ


 「おびしゃ」という、五穀豊穣を祈願した祭りが野田、流山、柏、市川という広範囲で行われている。漢字では奉射、奉社、備社とも書くが、本来は歩射(ぶしゃ)、馬に乗らないで弓を射る、そして禍厄を除去し、五穀の豊穣を占うという農村行事のようである。船戸で連綿と受け継がれているおびしゃの記録では、安政6年(1589)に「奉社」の字が当てられている。

 寒風の吹く1月14日の集会所・船戸会館のおびしゃは厳粛さと笑いに包まれていた。
 五穀豊穣、無病息災と大書して天満宮の神を迎え、お祓いと祝詞奏上が終わると、お囃子が始まり、にぎやかに余興の幕が上がる。

 まず「三助踊り」。かみしも姿の旦那に奴の三助が登場、氏子連中の酒盛りが始まっている中を行列が繰り出す。大黒・恵比寿の神様や高砂の老夫婦が続き、コミカルな三助のしぐさは氏子にも及ぶ。(写真)

 続いては「三番叟」。女性1人が見事に踊り抜く。

 最後は圧巻の「おかめ踊り」。5人のひょっとこを従えたアメノウズメノミコトが天の岩戸のまえで踊り狂う。ひょっとこはでっかい男根を持ち、それを派手にこすりながらおかめに突き当たり、卑猥さを突き抜け、大笑いの中で、百姓魂の強健さを浮かび上がらせる。

 天満宮の氏子は175人いるというが、お囃子も男女の出演者も素人ばかり、経費も出し合ってのおびしゃらしい。地区外の見物人にも紅白の餅を配ってお祭り気分を盛り上げていた。

 おびしゃは、昭和58年頃まで逆井にもあった。いまでは、正月の単なる集まりになっているという。

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