うっかり読めぬ俳句

田を売りていとゞ寝られぬ蛙哉
大岡信氏の「折々のうた」(25日)である。
氏は「田を人に売った者には、とても寝てはいられない(蛙の)嘲り声」だという。
ヘー、と思った。当方はまったく違う解釈をしていた。田を売らなければならなかった悲しみを癒してくれるように、蛙も鳴いてくれている、と。この解釈はだめでしょうか、カエルさん。
北陸蕉門の重鎮北枝の残したものの中に、大岡氏の言う解釈がひめられているのかも知れない。
一句の解釈は百もあるといわれる。
芭蕉の「閑さや岩にしみ入蝉の聲」にしても、蝉は若いときの主人の蝉丸のセミだという説も強い。ある講座の講師に言われ、新説はそれを覆すものが出ないかぎり新説であると。すでに「新説」ではないようで、嵐山光三郎氏もそう書いている。

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