看護婦さんに会いに行く
花冷のちがふ乳房に逢ひにゆく
真鍋呉夫氏が、読売文学賞をもらって書展を開いたことがあった。平成五年のことである。句集「雪女」を求めたとき、一句を書いてくれたが、上掲の句ではなかった。涼しくなると、この句(いまや有名句だ)を思い出す。花冷えではなく、秋雨の続く日々だが、
秋雨の看護婦さんに会ひにゆく
「の」が切れです。秋雨にぬれてクリニックに行く。まじめ・熟練の看護婦さんがいるか、愛嬌のある・熟練の看護婦さんがいるか。患者は、とにかくいそいそと出かける。
後者である。医師と話し合うのをじっと見ている。一段落すると、チョコチョコと手を振る。患者を奮い立たせる。患者は、スーッとして帰ってくる。
それだけの話である。患者、この場合、私であるが、私だけへのアイサツではなかろう、それくらいは心得ている。(会話する機会もあるけれど)
町のクリニックの医師はともかく、よい看護婦さん(看護士だっけ)あるいは、よい受付嬢は、名医といわれるには必要な要素ではないか。
そんなこと、いまさら言うことではないかも。
看護婦の手振りやさしや秋の雨