月落ち烏鳴きて霜天に満つ


 桃の花が満開で萱葺き屋根を覆っている。数寄者の隠居所の風情。これが近辺の住宅よりも高みにあるから春夏秋冬、月を眺めるのに絶好である。
 枯山水のわきを通り、座敷を覗き込むと、張継の漢詩「楓橋夜泊」の拓本が掛けられている。主人は留守、前に会ったとき、桃の花をいれて、こういう角度から写すといいよ、と言われた。うちの宝物だとも言われた。
 萱葺きの母屋を改築したときの古材で、五分の一の家を作った。屋号の上三次郎の三を使い「三渓庵」と名づけた。わきを登ると赤い鳥居の氏神様、その奥には、西側に竹林を抱えた畑が広がっている。
 同じ区内に、大清掃工場ができ、新しい道路がめぐる。急速な住宅地化の波が続いている。そういう環境の中で、見るだけでもほっとするものを持つ三渓庵である。当主夫妻は詩吟の名手らしい。

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