嵯峨信之詩集との邂逅


      借りを返えす
 ゆつくりとくと考えてみたい/死への路上をこんなに気軽に歩いていつていいのかどうか/足跡を残さないことは/小さな泥鰌とそつくりおなじだ/息のつまつたような泣き声も泥鰌に似ている/たとえどんなぶざまな死であつても/どうか笑わないでください/かれはたつたひとりで借りをかえしたのですから
 
 柏市立図書館に、詩人・嵯峨信之の蔵書3000冊が寄贈され、そのうち300冊が書棚に並べられた。そこに嵯峨の詩集5冊がある。嵯峨の詩を読んだことはない。いい機会を与えられた。5冊を読んだ。
 難しい現代詩の中で、納得しながら、心に染み入るような彼岸と此岸を往復した。よかったと思う。楽しかったと思う。寂しくはないと思う。
 それを一編だけ、それも短いのを書き写した。代表作かと聞かれれば心もとない。「ひとの世ということ」というのがある。その最初の3行。
 それが人の世というものです/いくつもいくつも夢をかさねながら/それが雲のように消えてしまうことが
 詩集「魂の中の死」から。

次の記事

紅野敏郎氏に花束と拍手