菊池寛の「ある敵打の話」
十七の元服のとき、母に父の仇を討てといわれる。父が殺されたことなど、全く知らなかった息子は、敵討ちの旅に出る。腕は立つ、旅を重ねるにしたがって、ますますさえる。
四年経っていた。上州の前橋で、按摩に出会う。中年からの盲目である。語勢に不審を感じ、聞いていくうち、仇であることが分かる。蝋燭の光が、証拠となる横顔のほくろを見せていた。剛情我慢の武士を想像していたのと全く対照的だった。敵愾心は消えていた。
按摩の首を持って帰国する。百石の加増を得る。しかし、どこで、いつ仇を打ったか明らかにしなかったので、偽首、臆病者のうわさが立つ。男は浪人する。同じ名前の男で、江戸で勇名をとどろかす剣客がいたそうである。
向島文化サロン・近代文学講座(東武博物館ホール)の7月は、「菊池寛と芥川龍之介」だった。講師の紅野敏郎氏が、菊池寛の人間性の大きさを説く。いくつかあげた小説の中で、敵打を傑作短編という。
龍之介の作品は、どこにでもあるが、寛の作品はあまりない。柏市の中央図書館には、昭和35年、文芸春秋新社発行の菊池寛文学全集がそろっていた。どこに掲載されているか分からない。女性職員が書庫から全巻を抱いて来てくれた。
小林秀雄が解説を書いている。「ある敵打の話」と同じ13ページである。