吉村 昭さんの転換
7月末に吉村昭氏が亡くなった。瀬戸内寂聴さんの追悼文(読売8.3)に、こういうところがある。
「吉村さんの『青い骨』が、文章の端正さと作品の品格の高いリリシズムで、口の悪い先輩作家たちから賞賛されていた。」
その『青い骨』は、丹羽文雄の雑誌『文学者』に掲載されていた。私の本棚に、その『青い骨』の初版単行本(昭和33年)がある。勤め先の新聞の編集局長への献呈本である。局長から貰ったか、あるいは局長室の本棚から無断借用してきたか記憶は無い。その本に石川利光氏が「跋にかえて」を書いている。その中の一文。
「ただ、ここで危惧されることは、こうした感覚主義的な傾向にありがちなことだが、同じことを掘りつづけているうちに、身動きも向きを変えることもできなくなりはしないか、ということである。」
石川氏の指摘はまっとうである。吉村氏は、『戦艦武蔵』で、方向転換しノンフィクションの世界に移っている。その転換について、高井有一氏は、朝日(8.7)の追悼文で、「失敗すれば、作家生命を絶たれる惧れすらある事に気が付かない吉村さんではなかっただろう。」と書く。余計な心配だった。