けさ、おゆるしが出たのよ
中野重治が太宰治について、「死なぬ方よし」という短文を書いているのを見つけた。昭和50年10月『文章読本 太宰治』(河出書房新社)
その中で、短編『満願』のことを言う。
医者が禁欲を命じていて、それが解ける時のたのしい美しさを書いていたが、一歩あやまると通俗ものに落ちかねぬ危険もあったが、太宰として一つの明るささえ出てj来そうなな気はいの見られるもので、…
『満願』は昭和13年、作者29歳の作品である。中野のように、「禁欲」とずばり言ってしまうと、読者は、その気になって読むことになる。中学生や高校生が、まっさらな気持ちで読むとき、何のことやら分からないのではないか。当方もモヤモヤした気分で読んだような遠い記憶がある。
ふと顔をあげると、すぐ目のまへの小道を、簡単服を着た清潔な姿が、さつ
そうと飛ぶやうにして歩いていった。
「けさ、おゆるしが出たのよ。」奥さんは、また、囁く。