短歌で綴る20→81歳の自分史


  水湛へ棚田輝く入り日どき旅にしてふと妻の恋しき
  身ほとりに病良き妻の在ることのただに嬉しきわが三が日

 町内の友人が、写真が60葉もあり、短歌1850首を記載した、出雲正明という方の第三歌集『黄落無限』という360ページもある立派な大冊を持ってきた。出雲さんは恩師らしい。
 20歳から81歳までの作品である。1ページに6首、毎日1ページずつ読んでください、とある。どんなご夫婦なのか、湯布院金鱗湖の写真がある。歌で写真説明をしている。
  湯の里の夜明けの湖畔行く人なし道祖神のごと妻と寄り添ふ

 ずいぶん海外旅行もされている。写真だけでも堂々の自分史である。しかし、さまざまな待ち伏せ魔に出会う。これが人生なのだろう。
 「うからやから」という項目の中から、「妻乳房を喪ふ」と「妻」を見れば、出雲さんの人柄が、透いて来る。冒頭の二首は、そこからの引用である。
  病む妻へ花もちて急ぐ五十路のわれ胸少年のごとくときめく(50歳)
  退院の妻を迎ふと夜明けより目覚め居る老いの己れがいとし(61歳)
 
 私の妻が昨年、突発性難聴で緊急入院した。10日間の一人暮らし。そのとき、すでに当歌集は机上にあった。寂しくも同感した。
  妻居ねば怖怖茹づるほうれんそう緑嬉しき色に仕上がる
 怖怖=おづおづ、ほうれんそうは漢字を使っているが、出てこない、ご勘弁。
  来世また夫婦にならむその時は妻よ少しは吾も世に出でむ
  新調のめがね輝きいきいきと五十七歳ハンドルさばき
 奥さんは免許を取って、箱根路を走り、亭主に富士山を見せる。さらには受洗するという。その後、どうされたのか、続編をひそかに案じている。
  我を措きて洗礼希む老妻に抗ふ我は信なくて老ゆ

 同歌集には、「鎌倉二百首」「旅の歌 海外・国内」など多方面に広がっていて、出雲氏の幅広い人生賛歌を聞かせてくれる。ここに引用したものだけでも、作者の人柄が浮び出る。短歌のすごさを思う。
  読ませていただき感謝を申し上げたい。