岸恵子さんよ、なぜ泣いたのよ
朝のNHKを見ていたら岸恵子が華やかな雰囲気をふりまいて、過去・現在を語っていた。たちまち1950年代に連れ戻された。
「雪国」(豊田四郎監督)スタジオ撮影中の岸恵子にインタビューをした。「ただいま婚約中」という続き物の一つである。イヴ・シャンビ監督と婚約中だった。豊田監督の初めてのカラー作品だった。
話を聞き終わりかけて雑談になったとき、彼女は急に泣き出し、奥の部屋に逃げ込んだ。勇猛果敢なるカメラマンが追いかけた。少しして戻ってきた。何も言わない。宣伝部に挨拶して帰社した。
Sデスクが来い、という。岸恵子を泣かせやがって! 怒られると思ったが、監督から電話があったという。そちらこそ怒っているんだろう。ところが逆だった。失礼しましたと謝ってきたという。カラーだし、泣くと目がはれて撮影は出来ない。きょうはやめたという。
泣かせたわけではない。シャンビ監督とのなれそめを聞かれ、(それもあっちこっちで)感きわまったのだろう。記者は憶測して、映画の仕上がりの順調ならんこと、幸福ならんことを祈るよりほかはない。
「雪国」はフランスへ持って行ったらしい。
やがて離婚し、文筆家とともに女優業も順調な、岸恵子が話している。健在である。記者は、とっくに引退し、それでも老人クラブの出版ものでいそがしい。
恵子さんよ、なぜ泣いたのよ。
その気持ちが、浮遊し出すことなんか、もうないだろうけれど。
豊田四郎監督は、4年前に生誕100年を迎えた。