碌々として老いる
正宗白鳥に「塵埃」という超短編がある。近代文学講座の講師は、白鳥の紹介で、まずこの作品をあげた。新聞社の記者と校正係の付き合いである。ジンアイというタイトルに驚かされる。明治40年の作品、白鳥29歳で、文壇で最初に認められた作品だという。花袋が「蒲団」を書いた年、なんだか大昔の感じがする。
校正係の「小野君は雁首のへこんだ真鍮の煙管で臭い煙草を吸ひながら、社内の騒ぎも耳に入らぬやうに、ぼんやり窓を眺めてゐる。」
30幾年も勤めている小野君と、帰りに一杯やる。飲むと声に艶が出たように、小野君はしゃべる。「よく原稿にある文句だが、碌々として老ゐるつていふのは先ず私達の事でせう。碌々として老ゐるつて、決して呑気にぼんやりして老ゆるんぢやない」当時の文学の中には、この碌々がはやったと講師は言う。
よっぱらった小野君は荷車にぶつかったりして帰るが、翌日、「元の石地蔵で、何処を風が吹いてるかと、冷然としてゐる」
結びの一行。「己には将来があると、心で慰めながら。」