8000名の浜名海兵団があった

   ちゃんちゃんこ海軍体操茫々たり
 ある新聞の俳壇に、こういう投句があった。むかしの海軍には特別な体操があったのだろう。海軍の年少兵だった友人に、浜名海兵団始末記という冊子を見せてもらった。5時総員起こしで始まり、16時に駆け足、海軍体操、銃剣術などとあった。この時間に体を鍛えたわけか。想像できない厳しさだったのだろう。
 この冊子は、東海道本線が浜名湖を過ぎ、新居町駅に出る。その新井町の遠州灘に、浜名海兵団が出来、その戦後の跡地を探索した記録である。
 兵舎35棟、本部2棟、炊事場7棟、病院関係5棟などが建てられ、総員8000名の巨大な浜名海兵団が誕生したと言う。砂地で歩くのが大変だったそうで、昭和20年5月10日に演習を休み、近隣市町村の代表を招いての祝賀会があった。
 そこへ超低空の4発コンソリーラッドB24が飛来したと言う。すでにB29の空襲は始まっていて、海上からの敵艦の艦砲射撃もはじまる。B29の空襲も続く。
 このとき、友人はどこにいたのだろうか。冊子は跡地の検証が書かれている。末尾に平成21年の同地での懇親会の写真が載っている。確かに友人も写っている。