網はクモの命綱
蜘蛛、なんとなくまがまがしい漢字である。クモ、人間の生活の近辺で網を張るクモ。クモの巣と呼ぶけれど、巣ではなく餌を取るためのアミ。4対8本の足を持ち、4対8個の目を持ち、昆虫ではない。日本には千三百種いて、その半分ほどはアミを張らない徘徊性。さて、その8本足の糸つむぎ職人を千葉県立中央博物館が21年の春に見せてくれた。
青に着色されたボール紙にからめとられたクモの巣の標本
大好きな人もいる、アミを標本にする人もいる、不思議な世界
展示されているクモのアミは写真ではなく実物の標本。日本蜘蛛学会の船曳和代さんが収集した2000枚の標本からの紹介だ。昨秋、京橋のINAXギャラリーで公開されたものである。
クモは常に「しおり糸」を引きながら歩く。危険が及ぶと飛び降りる。このとき、しおり糸が命綱になる。縦糸に粘着性はなく、粘着性のある横糸で獲物を捕らえる。その糸は、お尻の3対6個の糸疣(しゆう、いといぼ)、さらに無数の糸腺と組み合わせてつむぐ。
船曳さんは、この糸でつむがれたアミを標本にする。展示されたアミはとても実物には見えない。青に着色したボール紙に水糊をスポンジで塗り、アミの後ろにボール紙を手前に引く。アミがそっくりボール紙にくっつくと言うわけである。糊が乾いたらクリアラッカーを吹き付ける。
そう簡単に標本がとれるかしら。忍耐と試行錯誤が必要だ。船曳さんはアミの美しさに魅せられている。
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」
蜘蛛といえば、芥川である。短編「蜘蛛の糸」だ。お釈迦様が蜘蛛の糸を垂らし、地獄にうごめく犍陀多(かんだた)を救い出そうとする。蜘蛛を殺さず助けたことがあったからである。
これはドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」のなかにある「一本の葱」にヒントを得たものと言われている。火の池に放り込まれている女も、かつて乞食に葱を恵んだことがある。神が葱を持って来させ、女に差し伸べてやるが…。